猪股未来のプロフィール

初めまして。「美肌になる秘訣」のサイト運営者の猪股未来と申します。
コスメ二ストというモニターサイトでレポーターの活動をしながら、2016年9月からアメブロで美肌になるためのスキンケア対策、インナービューティー、オススメのコスメやスキンケア製品などについて本格的に執筆活動を始めました。
アメブロの方で約半年間記事を書いていたのですが、2017年3月から自身の現サイト「美肌になる秘訣」を立ち上げることになりました。
そこで、初めましての方もいると思いますので、改めて自己紹介記事を書いていきたいと思います。
かなり長い記事になりますが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。




歌うことが大好きだった幼少期

1982年6月18日生まれ、北海道の伊達市で生を受けました。
伊達市は、北海道の南西に位置する温暖な地域として知られ、別名「北の湘南」とも言われています。夏は涼しくて冬は比較的暖かい気候は、リタイアしたご年配の方が移住しに来る第二のふるさととしても人気が高く、全国から注目を浴びています。

また、伊達市では200種類以上の野菜が作られており、町の特産品として北海道内外から高い評価を得ています。
道の駅には、地元野菜の直売所が併設されていて、伊達産の新鮮な朝採り野菜が並べられています。
スーパーでは売られてない珍しい品種も多く、リピーターで賑わっている人気の道の駅がです。
だて野菜のPR動画があったので、良かったらご覧下さい。
だて野菜!Valiety!Colorful!Vegetabls!

血液型は大らかなO型。良くいうとおっとりしている、悪くいうと大人しいタイプだと良く見られます。
自分でも、とてもマイペースな所があると感じていますが、実はとてもせっかちな一面もあります(笑)
小さい頃は、6歳の時に弟が生まれるまで、一人っ子として悠々自適な生活を送っていたので、マイペースな性格はそのためなのではないかと思っています。小さい頃は良く喋るタイプで歌を歌って踊ったり、「お母さんと一緒」という番組が大好きな子供でした。
その頃に、バレエを習わせてもらっていたのですが、とても落ち着きのない子供だったので、レッスン中は走り回ったりまともに受けることのないまま辞めてしました。その後の人生で、大人になってからダンスを本格的に習うことになり、ダンスの基本はバレエであるということを知りバレエを続ければ良かったなぁって後悔することになります(笑)

バレーボールに勉強に頑張った小・中学時代

小学生時代に頑張っていたことで、4年生からバレーボールを習い始め中学校3年まで6年間続けました。
小学校の時に教えてくれた先生が、とても教えるのが上手な方だったので北海道大会まで勝ち進むことができました。
背も中くらいであまり高くなかったのですが、アタッカーからレシーバーまで幅広くやっており、ポジションは主にライトやバックレシーバーを任されていました。

当時のバレーボールの友達とは、練習や試合で放課後や週末までずっと一緒に過ごしていたので喧嘩もありましたが、今となっては良い思い出です。
実は、最近地元に戻ることになったきっかけで、ずっと疎遠だったバレー部の友達とまた繋がることができました。
10年以上ずっと連絡を取っていなかったのですが、久しぶりに会話すると全然違和感もなく当時に戻ったように話せることが出来て、昔からの友達の大切さを改めて実感しました。

そして、もう一つ頑張ったこと…それは、勉強です。小学生高学年時期から、勉強を頑張り始めました。そして、中学1年の時に1学年100人いる中で、最高3位までとることができました。毎日放課後自宅で何時間も机に向かって勉強していたので、その努力の結果が表れてとても嬉しかったことを今でも覚えています。当時苦手だった数学も、全国学力テストで90点をとることができ、努力をすれば何事も克服できるんだという自信に繋がりました。この小・中学時代に勉強を頑張ったおかげで、自分が入りたかった志望高校に進学することができました。

演劇によさこいに打ち込んだ高校・大学時代

高校は、伊達緑ヶ丘高校という地元の高校に進学しました。
部活動は、演劇部に所属しました。
当時の緑ヶ丘の演劇スタイルは、テンポ良くストーリーが展開していくミュージカル形式で、「トミーが3歳になった日」という舞台で全国大会で2位を獲得したという実績がありました。
もちろん、実績だけでなく緑ヶ丘の演劇スタイルが好きだったのが大きな理由でもあります。
とても憧れて入った演劇部の活動ですが、声も小さく滑舌もあまり良くない方だったので、1言のセリフですら上手く言うことができずとても苦労しました。しかし、昔からバレーボールに勉強に何事も粘り強く取り組んでいたので、諦めず努力し続けた結果、少しずつですがセリフもまともに言えるようになりました。
そして、自分達の代がメインで役を務める最後の年に、「はるふぶき」という舞台で北海道大会で1位を獲得し、全国大会の切符を掴み取ることができました。
しかし、当時の高校演劇は次の年に全国大会が開催するという決まりがあったので、泣く泣く全国大会の舞台は次の年の代にバトンタッチすることになりましたが、次の年に福岡で開催された全国大会に招待していただき、新しい代の「はるふぶき」を見ることができて感無量の想いでいっぱいになりました。
部活に力を入れたとても濃い3年間は、自身の粘り強さの土台を築く礎となりました。

当時のスキンケアとして、乾燥肌のためニキビもあまりできなかったので、特に変わったことはしていませんでした。
ただ、中学生の頃からできた鼻の表面に出来た毛穴の黒ずみに悩まされていたことを覚えています。
その時にしていたスキンケア対策は、はがすタイプの毛穴パックでした。
今考えると、肌表面の必要な皮脂ごと皮膚をはがす肌にダメージを与える間違ったスキンケアをしていたと思います。

高校を卒業して、札幌学院大学の英語英米文学科に入学しました。
生まれて以来18年間生活していた伊達を離れて、札幌に居を移すことになりました。
なぜ、英語科を選んだかというと、英語が他の教科より得意だったということもありますが、アメリカなど海外に対しての強い憧れがあったというのが理由の一つでもあります。

そして、大学2年の時に、授業のプログラムの一環でオーストラリアに約4ヶ月程留学しました。
オーストラリアは、日本と正反対の季節なので、8月に行った時は冬の季節でした。
オーストラリアの冬は、雪は降っていなかったのですが、北海道の秋みたいな肌寒い季節で、空気がとても乾燥していたことを覚えています。
メルボルンという南西の都市に行ったのですが、色々な人種の方がいてアジア人もたくさんいたので、自分自身が外国にいることにあまり違和感がないような不思議な印象を受けました。

私がお世話になったホストファミリーは、女手一人で二人の男の子を育ていた教師の方でした。
ヨーロッパのエストニアの出身で、エストニアのじゃが芋を使った郷土料理を良く作ってくれました。
当時、最初に戸惑ったことは、ネイティブスピーカーの発音ができなかったので話す英語すら通じず、バスにさえ自力で乗れなかったことです(笑)
20歳を過ぎたにもかかわらず、バスにさえ乗れなかったことに、とてもショックを受けたことを覚えています。
しかし、語学学校に通い始めて約1ヶ月を過ぎた頃から、最初の頃は英語を話す際に単語しか出てこなかった会話が、センテンスで言葉が出るようになっていきました。
リスニングは、英語圏で3ヶ月過ごす時間=1000時間、英語を聞くと耳が慣れるということを留学後に聞いたことがありますが、英語は聞けば聞くほど耳が慣れるということは本当だと思います。
現在は、だいぶ英語から離れた生活を送っていますが、留学を経験して以来、リスニングの方は聞き取れるようになったと思います。

上記の写真は、3ヶ月間の語学学校の生活を経て、最後にオーストラリアの国内旅行に行った時のものです。
サーファーの聖地・ゴールドコースト、ブリズベン、オーストラリア最大の人口都市・シドニーを周りエアーズロックにも登りました。
エアーズロックは、オーストラリアの先住民族アボリジニによる呼び名として「ウルル」としても知られ、世界で2番目に大きい一枚岩としても知られています。
登った感想は、思った以上に坂が急でとても過酷でした。私が登った前の週に、滑落事故で死者が出たということを聞いて怖くなったことを覚えています。
大変なこともありましたが、一緒に留学を共にした女友達4人との旅行は、人生の中でかけがえのない思い出の一つになりました。

そして、大学時代はよさこいに力を入れていました。
札幌で毎年行われるYOSAKOIソーラン祭りに、2002年〜2006年まで参加していました。
プロのダンス教室の先生が振付をしたり、スポンサーの会社がついていたチームだったので、練習もとてもハードでしたがその分本番で踊った時の達成感は今までに感じたことがないくらい強く感じました。


私が所属していたパスキー&北海道医療大学は、2004年度に準大賞を獲得しました。
その年は、チームの節目の年でもあったので、とても華やかで力の入り方も違ったように思います。
次の年の2005年度は、七夕をモチーフにした一風変わったテーマでしたが、七夕の短冊を連想させるような一人一人カラーの違う衣装がとても綺麗で素敵でしたし、オリジナルの音楽も振り付けもとても大好きでした。
その年は、6位に終わってしまいましたが、このチームに所属した5年間の中で一番お気に入りの年になりました。

20代序盤〜中盤にかけては、まだ若い時期なので肌のターンオーバーも正常に働き、通常のスキンケアで十分対応できる年代です。
特に、この頃は肌に対して特別なスキンケアをせず、毎日を過ごしていました。
ただ今思うと、よさこいの練習で外の紫外線が容赦なくふり注ぐ中踊りの練習をしていたので、UV対策を怠りがちだった当時の自分に叱咤を飛ばしたいです(笑)

ダンス一色だった20代

大学を卒業してから、よさこいの振付の先生のもとでダンスを習うことになり、ダンスを極める道を目指していました。
仕事は、スターバックスコーヒーでアルバイトをしながら、ジャズダンス、ヒップホップ、バレエ、コンテンポラリーと幅広く習いました。
一人暮らしをしながらアルバイト生活を続けていたので、苦労も多かったですが、好きなことに没頭できた20代を過ごすことが出来ました。

20代後半までずっと頑張っていましたが、自分の能力に限界を感じダンスの道は諦めることになります。
20代は、ずっとダンスに熱を注いでいたので、途中でやめてしまうことにもったいない気持ちや少し寂しい気持ちもありましたが、自分でもやめてもいいと思えるほど頑張り抜いたのでもう後悔はないと思いました。
願いは叶わなかったけど、大好きなことに巡り会えて向き合った時間は、私の人生経験の大きな糧になったと思います。
そして、ダンス人生に終止符を打ち、正職員の仕事を得るため転職しました。

美容に目覚めた30代前半〜コスメ二ストレポーターとして活動する現在

最初に、コスメや美容に興味を持ち始めたのが骨筋メイクというメイク法に出会ったことがきっかけです。
このメイク本を購入したことをきっかけに、メイクに興味を持つようになりました。
骨筋メイクをすることで、その人の顔のつくりに合わせた自分にぴったりのメイクスタイルを実現することが出来ます。

私の顔は、目が小さくて丸く顔のパーツが中心に寄った小動物のような顔をしているので、アイメイクを遠心的に外側を濃くのせることで顔をゴールデンプロポーション(他人から美しく見られる顔の形のバランス)に近づけることが出来ました。
メイクによって、いつもとは違う見違えた自分の顔を鏡で見た時、なんだか新しいことが始まる時のように嬉しくなって、心がウキウキしたことを覚えています。

また、30歳を過ぎた頃から、だんだんと肌の衰えを実感するようになり、スキンケアについて独学で学ぶようになりました。
私の肌は、乾燥肌ということもあって、肌の乾燥のため目尻の小じわやほうれい線などとても気になるようになり、悩み始めたのはこの時期だったと思います。
学んでいくうちに、正しいスキンケアの知識や肌に優しい化粧品の成分、内側から美肌にアプローチするインナービューティーの知識も深めて行き、今までの間違ったスキンケア法を正すことができ、少しずつですが乾燥肌の改善に繋がっていきました。
そして、2016年9月からアメブロにて自身のブログを立ち上げました。

本格的にブログを立ち上げることになったきっかけは、エクスマ塾出身の平松泰人さんのブログ道場でした。
平松さんは、デジタル販促マーケッターとして全国各地を飛び回る売れっ子コンサルの方で、主に美容室の販促活動のサポートをしています。
このブログ道場で、ブログ発信の大切さを学ぶことになり、ブログ発信のノウハウやエクスマ式のSNSの発信の仕方を教えていただきました。

エクスマとは、塾長の藤村正宏さんが主催するビジネス塾の名称です。
エクスペリエンス・マーケティング=物を売るな、体験を売れということを提唱されていて、塾生の中には短パン社長で知られる奥ノ谷圭祐さんもいます。
自分の好きなことや想いをSNSで発信して、自分に共鳴してくれる友達のようなお客様を作り関係性を深めていくということを教えています。

このアメブロのブログを始める前から、ちょこちょこと趣味ブログを書いていたこともあり、文章を考えてブログに起こすことに達成感を感じていたので、漠然とですが好きなことが仕事になればいいなぁと思うようになりました。

そして、活動の幅を増やすため、2016年12月からコスメ二ストというモニターサイトでレポーターとして活動を始めることになります。
今年の1月には、コスメ二スト主催の松居一代さんがプロデュースする水ファンデーションの体験イベントに参加させていただきました。
松居一代さんご本人から水ファンデーションと同時に発売された洗顔フォームの商品説明を伺うことが出来ました。
松居さんは、想像通りの明るくて情熱的なお方で、ご自身が良いと思ったものだけをお客様に届けるということ、お客様に嘘をつかないというポリシー、2年もの歳月をかけたこの2商品の熱い想いを直に聞くことが出来て、とても貴重な体験をさせていただきました。
自身にとって、初めての新商品体験会への参加だったので、嬉しさと緊張が織り交じる時間となりました(笑)
その時のレポート記事です。良かったら、ご覧下さい。

そして、松居一代さんの体験会の次の日に、ランコム ブランエクスペールクッションコンパクトHが2月17日にリニューアルするということで、このリニューアル商品を紹介するコスメ二ストwebサイト内の掲載記事である体験キャラバンシリーズにも参加させていただき、新宿にあるランコムの本社・日本ロレアルに行って来ました。
一緒に参加させていただいたコスメ二スト編集長の豊田愛魅さんは、コスメ二ストにお世話になる前に、インナービューティーの勉強として購入させていただいた「美人をつくる栄養レッスン」の著者であり、以前から拝読させていただいていたので、お会いすることが出来てとても嬉しかったです。とても気さくにお話して下さり、帰り道に豊田さんのこれまでの経緯やインナービューティーのお話を伺うことが出来て、こちらもとても貴重な体験をさせていただきました。
その時のレポート記事です。

「美肌になる秘訣」への意気込み〜将来の目標

私が動き出した本当のきっかけは、2016年5月にFacebookの活動を再開させたことから全てが始まりました。
転職してからの生活は、ダンスもやめていたので、会社と家の往復を繰り返す日々を4年間も送っていました。
何も行動に起こさないと、時は容赦なく過ぎていきます。
私は、生きるためだけの理由で選んだ仕事をこのままずっと続けていくことに疑問を持ち始めました。
人生を好転させたいと決意し、ネットで情報収集をし始めた時に、Facebookでの活動によって道を切り開いた方からアドバイスをいただいたのです。

そして、Facebookの活動で様々なセミナーや講演会に参加するようになり、たくさんの転機の起点となる出会いがあって、自分がどのように生きていきたいかを軌道修正していきました。
目標を持って前向きに行動していくと、自然と自分がこうなりたいと思う方向に選択できるようになっていきました。
最終的に出た結論は、5年間勤務した事務の仕事を辞めて、2017年2月に地元の伊達に戻ることを決意しました。
現在は、コスメにストレポーターの活動、家業の青果店の手伝いをしながら、このサイトを成長させていきたいと思っております。

このサイトを見ていただくことで、読者の方の肌改善やエイジングケアに役立つ情報として、正しいスキンケア対策、食べ物から肌改善を導くインナービューティーの知識、肌に低刺激な成分配合のスキンケア製品などオススメしていきたいと思います。
私自身も最近ですが、肌の水分量の数値(肌チェッカーで測った数値)を上げることに成功しました。

上記の40を記している肌チェッカーの写真は、前日にスキンケア製品で肌を整えてから就寝し、翌日顔を洗う前に測った数値です。
以前までは、夜のスキンケア後に数値が40前後だとしても、朝起きると数値が32〜3まで落ちていたこともありました。
肌の水分量を上げることや肌質改善へのアプローチは、高い化粧品をつければいいというものではありません。
この肌チェッカーを測る前につけていたスキンケア製品は、税別1900円で購入したオールインワンゲルだったのです。
このように、正しい知識を得ることで、経済的なスキンケアも行うことができるのです。
もちろん、効果的なスキンケア製品だけを選べばいいというのではなく、上記でも書いたように美肌効果のある食材を摂取したり、シワやたるみを予防する顔マッサージをしたりと総合的に様々なことを取り組んでいかなければなりません。
このサイトが、読者の皆様の肌改善に繋がることができるよう、最適な情報発信をしていきたいと思っております。

また、メイクについても勉強中ですが、記事として書けるようになっていきたいと思っているので、最新のトレンドに合わせたコスメ記事も更新できるようになっていきたいです。
美容ライターとしても、このサイトの成長とともに活動の幅を増やしていきたいと思っています。
1年後の目標として、札幌と東京を行き来してコスメやスキンケア製品などの新商品体験会も招待されるほど、美容ライターとしての地位を固めていきたいと思っています。

現在の私です。今年の6月にいよいよ35歳になり、アラフォー世代に突入します。
ありがたいことに、実年齢には見えないと言っていただく機会も多々あり、30代前半の肌の衰えを感じ始めたあの頃よりも肌状態が良くなったと自覚しています。
年をとるということは、誰しもが否定したいマイナスなイメージもあると思いますが、年をとることで得られる人生経験や精神の成長は、若い時には得ることの出来ないことだと思います。

私自身も、20代前半の頃の顔つきと現在の34歳の写真を見比べても、自分で言うのもなんですが昔より表情が柔らかくなりしっかりした顔つきになって来たと思います。
加齢と共に体の様々な箇所が衰えていくことは仕方のない自然の摂理です。しかし、いつまでも若い頃のまま綺麗でいたいと願う気持ちは、女として正直な心のあり方であると思います。
私が大切だと思うこと…それは、年齢のせいにして何も行動に起こさずあきらめてしまうことだと思います。
そして、何歳になったとしても、自分がこうなりたいという思いを打ち消さず、前向きに取り組んでいくことだと思います。

もちろん、人間なので気持ちが落ちてしまったり、頑張ることが出来ない時もあると思います。
そんな時は、少し足踏みをして休息をとることも大切です。
私自身も息抜きとして、友人達とお酒を飲みに行って、遅くまで起きている時もあります。
アルコールも夜更かしもお肌に悪いことですが、ストレスを溜めることも肌に悪影響を及ぼしてしまうのです。
なので、何事も心にゆとりを持って、バランスをとることも大切だと私は考えます。
私自身もまだ勉強中の身ですが、独学で学び実際に肌改善を実現したという経験を生かして、読者の皆様と共にエイジングケアに励んでいきたいと思っています。

最後に、私のちょっとした趣味


最近、一眼レフカメラを購入したので、写真を撮ることにはまっています。
私が購入したタイプは、CANON EOS M10 ホワイト レンズキットで、ミラーレスタイプの一眼レフです。

ミラーレス一眼レフカメラの利点とは?

レンズがとらえた被写体を電気信号化してモニターに写すため、通常の一眼レフカメラに内蔵されている鏡(レフ)の必要がないため、ボディが軽量でコンパクトになっています。

コスメ二ストでは、本音が見える口コミメディアを企画運営しているので、実際に商品を使っている写真や使用前と使用後の顔写真を撮ることで、リアルさを追求しているモニターサイトです。
コスメ二ストの活動でも写真を撮ることは必須ですし、自身の現サイト「美肌になる秘訣」でも、記事を書く上で自身で撮ってアップする写真も必要になると思い、高額でしたが自分に投資するつもりで思い切って購入しました。
スマフォで撮るよりも高画質な写真を撮ることが出来るので、本格的なメディア活動をする方にとって、一眼レフカメラは必須のアイテムだと思います。

練習で、様々な写真を撮っていくうちに、高画質の写真をインスタグラムにアップすることにはまってしまいました(笑)
やっぱり、一眼レフカメラで撮る写真はスマフォで撮るより綺麗に見えるので、気分が上がっちゃいます。
さっそく、最近の投稿をご紹介したいと思います!
下のステーキの写真は、写真構図の本を読んで食べ物が美味しそうに見えるS字の配置を意識して、並べて撮ってみました。

左側の写真は、おしゃれに見えるようにお好み焼きをスキレットにのせてみました。
右側の写真は、フォトジェニックなサンドイッチを挑戦して作ってみました。
こんな感じで、ほぼ毎日料理投稿をしています。
10年以上ぶりに実家に戻って久しぶりに囲む家族との食卓は、ずっと一人暮らしをしていたのでとても暖かく感じます。

料理写真だけでなく、コスメ二ストでモニターさせていただいたスキンケア製品や自身で購入したものを投稿することもあります。
下記の商品は、くすみ対応美容液 美優雅という商品。
肌の生まれ変わりのサポートをしてくれる茶葉発酵エキス、水分保持能力のある酵母エキスが入っているエイジングケア美容液です。
ピンク色の伸びが良いクリームタイプのテクスチャーなので、コントロールカラーとして使うと血色の悪い私の肌もワントーン明るくなったようで、嬉しい使い心地です。

下記の商品は、イプサ デザイニングフェイスカラーパレット 101K、今年の1月13日にリニューアルされました。
一つのコンパクトに、チーク、シェーディング、ハイライトが詰め込まれたとてもお得感満載のパレットだと思いました。
しかも、15色もカラー展開があるので、自分の肌色に合ったカラーを選ぶことができます。
こちらは、コスメ二ストのレポーター1000名突破キャンペーンのお礼の品としていただきました。
最近、海外で流行しているコントゥアリングメイク(シェーディングとハイライトを使ってメリハリのある顔に仕上げてくれます。)も、この一つのパレッドで実現することができます。

こんな風に、インスタグラムの方でもたくさん更新しているので、良かったらフォローして下さい!
miku_bihada
インスタグラムと似た内容になりますが、twitterもやっています。
miku_bihada

とっても長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。




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